2006/06/07

カフェ水野から、アンリカルティブレッソン、そして自分のしたいこと

カフェ水野でお昼御飯を食べた。
家を出る直前に大雨が降ってきたけれど、待てないタイプみたいだった。
オムライスとカフェオレ。
店主が腕をふるうまん前の席、カウンターの一番角にいざなわれ、伊丹十三の本を読んでるふりをしながら、おじさんの卵を3個割る姿、泡立て気で混ぜてるところ、フライパンに流し込んで、木べらでさっとかきまぜたとこも、見ていた。ごはんをのせ、手首の部分ををポンッポンッと叩いたら魔法のようにふわふわに黄色くくるまっていた。
今まで食べた中で、一番まぎれもないオムライスだった。卵もふわふわ。
お客さんが少しひいてから、おばさんはコーヒー豆をガガガーとひき、
おじさんは午後用のコーヒーをおとす時間みたいだった。
おじさんはいつの間にか、静かに、ゆっくりと、黙って、お湯を注いでいた。ぐーるぐーる。
コーヒの粉は膨らんで、茶色い泡と一緒に溢れ出す間際を保ってその形をとどめている。それでもおじさんはお湯を注ぎ続け、ゆっくりと、円を描き続ける。
その間、一回も目を離すことはなかった。
私は私で、おじさんとコーヒーの関係からちっとも目をはなせなくなっていたのだ、
けど、左のテーブルにふと視線をずらしたら、昼休みみたいな作業着のおじさん3人組も、じーーーーーっと同じとこ見たまま、固まってしまっていたので、その様子がちょっと滑稽で、狭い店内で、みんなで一点見てたのが。
それくらい、おじさんのいれっぷりは情緒的だったな。
雨はやんでいた。

それから高田馬場まで歩いて、渋谷まででて、目的の映画を観た。
「アンリカルティエブレッソン」瞬間の記憶
自分が何をやりたかったのか、すべきこと、わかったような気がした。
ぐちゃぐちゃになった糸が、いっこ、いっこ、ほどかれていくような感覚で映画を観た。
私にとっては、とても優しい映画だったのだ。
この人に会うまで、写真家に憧れた事が、そういえば、なかった。
こんだけ、撮っていて、なにになりたいかとゆわれても、なんだか、答えられない私は何者なのだろう?
式場で、「カメラマンさん」と呼ばれても、受け入れられない私は何者なのだろう。
うん、たぶん、何者でもないし、何者でもあるようで、ぐにゃぐにゃしたものなのだ。
ただただ、このおじいちゃんのように、瞬間を愛していること、それを切り取って、残しておきたいと思うこと、
なんだかただそれだけ?
これが、憧れならば、なかなかいいなぁ。。。
憧れって、誰かにちょっとでも近付きたい、とかゆうことでしょ?
私はあのおじいちゃんみたいに、いつかなりたいのかもしれないと思った。

んーそれにしても、自分のことは、ほんとによく知らない。
それから、やっぱり、面白い瞬間を探しに、地球の色んな場所に行きたいのだ、どこまでも。

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