2011/06/20

こんにちは、さようなら

ヒラヤのあれこれが終わり、引っ越して、それでやっと妹のお見舞いにいけた。
思ってたより状態は深刻で、まったく、
神様どうして。
悲しくて悲しくて、
こういうときには人は祈ることしかできないのであった。


妊娠3ヶ月頃から子宮からの出血が止まらなくなって、
調べたら胎盤が子宮の前のほうについてしまう「前置胎盤」という状態でした。
はじめて耳にした。
これはそんなに珍しくはないらしいから
大丈夫、大丈夫、と私はなんだか大丈夫な気がしたし、
いい方向にいくことしか考えないと、だめになってた。



安静と治療のため入院してから1ヶ月、大きな病院のMFICUに移って1週間。
祈るような日々も出血が止まらず、
妹の体力も精神力もギリギリで、これ以上は母体も危ないし、
赤ちゃんも元気な状態で育つことができないということ、
それ以外にも沢山の問題があった。
やれることはすべてやったけれど、状態は好転することもなく、
20週というタイミングで赤ちゃんを産み出すことになった。
できれば35週くらいまでもってくれたら、
お腹の中にいさせてあげられたらとは誰もが願ったこと。
でもこれがいろいろな意味での限界だったのでした。



人工的ではありますが、陣痛を起こさせての立派な出産。
旦那さんが見守るなか、6時間も分娩台でがんばったのでした。
18時13分、218グラム、22㎝の小さな人。
赤ちゃんはもちろん、こんなに小さくては外の世界では生きてはいけませんが、
出て来たときは心臓もちゃんと動いていたそうです。


お母さんから赤ちゃんに会えるみたいだよーと電話がきてから、
たまらん坂を自転車でとばす。
なんだか不思議と悲しくない。
むしろうきうきしちゃって、漕ぎながらすこしにやけてしまいそうなじぶんが
なんだか変なようなぜんぜん普通なような、
会いたかった人に会える、ただ純粋にそんな気分だったのかも。



本来ならでてきてはいけないサイズ・・・
想像もつかないにもほどがあるけれど、
なんとなく、漠然とした人の姿形を思い浮かべてたかも。
目撃する瞬間、内心はかなりのどっきどきでしたが、
それはそれは、
立派な小さな小さな人でした。
指も爪も、鼻の穴も、お尻の穴も、ほっぺたも、口も開くし、
骨格も、筋肉も、米粒ほどのおちんちんもちゃんとついてた!(男の子だったと判明)
ただ見たこともない、この世のものとは思えない小さな人は、
私の両手にすっぽりおさまった。
神様か仏様だ。と思った。母も言った。







この子の命は5ヶ月だったけど、
お腹にいる時からこんなにも想われ、愛おしがられ、祝福され、そして惜しまれ。
まるで人生の縮図。
はるちゃん(二人が決めてた赤ちゃんの名前)の一生は短かったけど幸せだったと、思いたい。
はるちゃんありがとー。
君は私達にいろいろなものを残していったよ。
使命感たっぷりの顔してた。




人の一生はいろいろで、
長さではないのだと感じた。
ただ、産まれて死ぬのはみんな一緒。
与えられた命の時間を、全うするだけ。

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