というのは、旅の始まりの出来事でずどーんと、思い知らされたのであった。
旅の洗礼。
出発の日は朝起きてからはずっともろもろの準備に勤しんでいたので外の雪にはまったく気づかなかった。
昼過ぎだったか、ちょっとパスポートのコピーとりにコンビニ行ってくるっていって出て行ったせきちゃんが慌てて戻ってきて、外が真っ白!って。
飛行機は夜の10じだったので、まあ、着くでしょー飛ぶでしょー
国内線はほぼ欠航みたいだったけど、国際線は大丈夫そうだった。
ちょっと早めに家をでたけど、遅延したりで結局成田に着いたのは20じ過ぎ。
さて、チェックインだー!っとドーハ経由でバルセロナに向う私たちはカタール航空チェックインしようと並んでるとこで、後ろに並んでたおじさんからドーハ行き飛ばないこと、知ってる?って言われた。
「旅に出る」というときいつもなにかあるので、
(タイにいく時は前日にTVにニュース速報のテロップがでて、タイの国王がどうのこうのでテロが始まりました。とか、パリにいくときは飛行機が故障して飛ばなかったり、韓国の帰りも雪だったし)いつの間にかこういうことに慣れていた。
周りの若い子たちは取り乱していた。ドーハからアフリカに行くんだといったおじさんは笑ってここで今夜寝るよーと言っていた。
(タイにいく時は前日にTVにニュース速報のテロップがでて、タイの国王がどうのこうのでテロが始まりました。とか、パリにいくときは飛行機が故障して飛ばなかったり、韓国の帰りも雪だったし)いつの間にかこういうことに慣れていた。
周りの若い子たちは取り乱していた。ドーハからアフリカに行くんだといったおじさんは笑ってここで今夜寝るよーと言っていた。
列に並んで、混乱状態のカウンターにいくと、今日はもう無理なので、明日の夜のおなじ便にのるしかないのですと丁重に謝られた。
天候だし、今夜の宿代も、交通費も出せない。と。
2人して、ぽかーんとして、ひとまずうちは遠すぎて帰れないのでいちばん近くのかおりにお願いして一晩泊めさせてもらうことになった。終電もあるし、さー行こうか、とも思うがどうも座りこんでおしりが空港から離れないのだ。
この出国前のふわふわした気持ち、どうしてくれよう。
この出国前のふわふわした気持ち、どうしてくれよう。
可能性はうすいけど、ヨーロッパ行きの最終便に振替れるかもしれないってそれを待ってる人が十数人いて、わたしたちも待つでもなくそこに座り込んでいた。1時間弱、かおりや家に連絡したり、トイレに行ったり、終電もあるからそろそろかおりんちに行こうかと、せきちゃんが二回目のトイレに行ってるとき、お姉さんがなにやら紙をもってやってきて、これからおよびします方はヨーロッパ行きの最終便にお乗せすることができますので、と名前を呼び出しはじめたのだ。
なかなか呼ばれなくって、これには合格発表みたいでどきどきした。
呼ばれた瞬間、パァ〜となった。けど、それでもまだなにがあるかわからないのだ、旅は、まだ信じられない気持ちだった。
向こうから歩いてきたせきちゃんに、親指をたてて合図をしたら隣にいたナポレオンダイナマイトみたいな外国人が、勘違いしてグーーーッ!としてきて、カ ン ペ キ!と言ってきた。
同じ境遇を味わって、わたしたちは一瞬で仲良くなったのだ。
そんなこんなで慌ただしくお姉さんに引率され、エールフランスのカウンターにいき、パリ行きの手続きをして、なぜか、パリに向かっていた。
パリ。
行くつもりなかったパリよ。
エールフランスはTVもついてて、ご飯も美味しくて、飲み物なんてシャンパンまであって、格安のカタールとはきっと違うのだろう。幸せを満喫していた。
席もバラバラだったのに、親切な日本人の女の子のが気づいて変わってくれて、隣同士で座れて、
パリまで直行で行けるから、バルセロナ到着も予定より早くなった。
まったく予定外の旅の始まり。
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