今月実家に帰ることになり、3年半住んだここを
もうすぐ出て行く。
引っ越しのとき、余計なものは実家の押し入れにつめこんで出てきた。
新しいなにもない部屋で、
もち物はすくないほうがいい。
すっきりしていて実感した。
なんだったんだろう、いると思われていた、あの細々したものたちは。。
旅するときもそう。
考えだせば、持っていきたいものはいっぱいある。
理想は、ひょい。と音がしそうなほど、身軽に、あっちこっちより道したいから。
だから、なるべく空っぽでいたい。
持ち物に体と心が支配されてしまわないように。
それなのにわたしときたら、溜め込むのが好きである。
ちょっとの紙や布の切れ端も、各地で拾ってきた石ころや硝子の破片や木の実や貝殻。
捨てれないでとっといてしまう。
いつか使うんだと思うんだけど、結局使わない。
でもやっぱり、捨てれない。
高校生のとき、授業中回してた小さい手紙とかまでぜーんぶとってある。
記憶なんて、曖昧で、いろんなことが思い出せなくなってゆく。
だからとっておくのかも。
今日掃除のとき見つけた藁半紙の切れ端。
「先生、パーマ失敗した?」
だれかから授業中廻ってきた手紙だけど名前無し。
どうでもいいことが楽しかったけど。
なに先生のパーマだったかすら思い出せない。
記憶なんてあいまいだ。
でも曖昧だから、きゅんとなる。
そうそう潔く。ってゆう、昔は潔い女性に憧れたもんだけど、今も。
わたしにはやっぱりとうてい無理なんです。
けれど、こうでなきゃ今みたいな写真は撮っていないとも思うのです。
密かにガラクタを集めていくような。
人々に 捨てなさい。ってゆわれたり、するようなものも
私にとっては特別だったりするわけで。
ただただひろい集めて
ポケットにいれて連れて帰ってくるもの。
それと写真は似てるなぁと思うのです。
とゆうわけで、3年半で また ためこんでしまった。
ほんとうにいらないものは心を鬼にしてちょっとづつ捨てていく。
すっきり身軽でいたい私と、想い出をとっておきたいしっとり系の私の、葛藤。
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