2008/07/25

ただいま

帰ってきたよ。
今回は二人旅。
旅は、食べることや寝床のことや移動のことやお金のことや(生きること)

朝、昼、晩。

ドキドキや、不安や、困難や、楽しいや、キレイや、美味しいや。

自然と二人の距離も縮まります。
はなれそうになったかとおもいきや ぐん と縮まる。
人と旅するからこそ自分を知ることもたくさんあった。


わたしはけっけこう風来坊の羊飼いの少年のようで。
なつこはおっとり食いしん坊の羊のようで。
地図をひろげて、明日はこっちだ、なんて勇んでる私を横目に
なんだかお菓子をムシャムシャ食べていたり、口を開けて寝ていたり。
羊飼いはそんな羊がときどき羨ましくて地図を閉じてみる。
羊は方角なんかほとんど気にせず、今日もついてくる。


羊(なつこ)は美味しいものには脇目もふらず、ひとりでぜんぶ食べようとする。
私が作ったスパゲッティー。
しかし、おいしいおいしいと、とんでもなく美味しそうにムシャムシャ食べるから、
食べなよ。てゆう気持ちになるのです。だからケンカはない。
羊(なつこ)は乗り物が苦手だから歩く以外の移動中はすぐ荒れだす。
私は食べ物を与えたり、本を読むのを進めたり、
飽きるのにも飽きて、ぐっすり眠ったのならば、一安心。
しかしどんなときでも弱気には決してならない。
私が不安なときや、落ち込んだりしても、

だいじょーぶ、だいじょーぶ。と

その持ち前の根拠のないなんとかなるさ的な発想が
私に根拠のない自信をプレゼントしてくれるのであった。


宿になかなかたどり着けなくて日が暮れてきたマントンのあの急な階段のシーンででも。

二人してお金がつきそうだった、あのマントンの夜でも。

そう、そういえばマントンがこの旅のターニングポイントだった。
マントン。

あーマントンよ、ありがとう。
日が落ちかけた知らない町で、なつこが歌ったっけ。
天地真理の♪ひとりじゃないって〜 素敵なことっねー
私も続けて歌う。
なんだか元気が出た。
1人じゃないって素敵なことね。
続きの歌詞は二人ともわからないからそこだけをリピート、あとは鼻歌。
こわいもんなんて、あんまりない。
二人だからだいじょぶだった。

いつも一人で旅してきた私には、この安心感はなんともいえないものだった。
1人を知って二人を知る。
両方知ることはいいことだ。


マントン。
そこは南フランスのニースの横っちょ。
その辺はどこもビーチで、ちょっとしたビーチタウンがあったかと思うと、
すぐ崖っぷちの斜面になんでも建っているといった、この辺は鷲の巣ってゆわれたりするみたいです。
イタリアとの国境に近い町。
みんな優雅にビーチでこんがり。

ヴァカンス。

ゆったてー、ただの休暇でしょー。て思っていたけど、
ヴァカンスとはヴァカンス以外のなにものではない。
陽気である。私には眩しすぎた。
二人して、おっぱいぽろりだけにはかなり釘付けになっていた。


私達はそんなヴァカンスを横目に、マントンからYHで出会ったステファンヌ(前の晩から気になっていた人)と一緒にイタリアの国境を歩いて越えることに。海沿いの国道を歩いたのだけれど、イタリアにはすぐ入れたけど、いっこうにVANTEMILIAの駅につかなくて、暑さと、重さとで、誰も地図持っていないし、これ以上歩けないというところでバスに乗った。
それで、駅でステファンヌとはお別れ。電車がきちゃって連絡先も聞かぬまま。
じゅべぇびあん。

そして、そのまま列車でチンクエテッレへ。
5年越しの。
YHにいったら、クィーンのバイシクルを歌いながら愉快に自転車で侵入してくるちょっとぽっちゃりのイタリア人の男の人がいて、その人が受付の担当の人だった。
喉が渇いて自販機でジュースを買ったら続けて3本でてきた。
コーラ、ファンタ、コーラ。なぜか2本目はファンタが出た。
受付の担当の人はファニーガイで、いちいちギャグを織り交ぜてくる。
名前を聞いたら ステファンヌ だ。
7月10日はステファンヌの日としよう。

なんとも町というか村というか、海と建物がセットになっててそれに空と人々と。
こじんまりしていて好き。色も、好き。
インドのような雑然とした感じもあるけれど、流れてる空気がぜんぜんちがくてチンクエテッレはチンクエテッレなのでした。
チンクエ(5つ)テッレ(町)ってゆう意味で、海岸沿いの5つの町を合わせてそういうのです。
私達はレバントに1日とリオマッジョーレに2日いて、
coopにいったり、海で泳いだり、編み物おばあちゃんとお喋りしたり、お城でピアノコンサート見たり、クレープ屋のおじさんがピアニストと握手させてくれたり、部屋の玄関の前の階段をトコトコと降りていくとすぐ海だった。月がどんどん満ちていった。そして真夜中海に沈んでいく。



ヴェネチアからパリに戻る夜行列車の中から見た月は、もうほとんど満月に近かった。
電車が月を追い越したり、月が列車を追い抜いたり、宇宙っていったいどうなってるんだ。
と思いながら、右側の窓は広い空、すごい夕暮れだった。
進行方向を境に、右と左の窓はまったく違う景色を見せたけど、
それはそれでちゃんと繋がっていた。
だんだん溶けて、ひとつの夜になった。

夜行列車の6人クシェットの乗り合いメンバーは
わたし、なつこ、フランス人の男女とアゼルバイジャンの男の人の3人組、そしてカメルーンの女性とその子供。
知らないもの同士が今夜同じ部屋で夜を越す。
アゼルバイジャンの男の人は昔の日本男児のような顔だちをしていて、なんとも奥ゆかしい落ち着きのある雰囲気に、わたしはシベリア超特急の気分。前世できっとこの人とシベリア超特急で同部屋になったに違いない。なんだか懐かしい、どこかでいつか私達はつながっていたのではなかろうか?と、この人物に興味津々でありました。
カメルーンの女性はIKKO似。
独特の香りに夏子はノックアウト、どうやらを体に塗るものの匂いで、ベットの一番上の段で追加して塗っているのを夏子は目撃。玉葱のような匂い。
いろんな顔だちがあって、いろんな国の香りがあって、違う服を着て、それぞれ違う言葉を持ち、好んで食べるものも違うが、一人一本「水」はみんな同じものが配られた。地球儀を縮めたようなかんじ。
目が覚めて、窓から見た朝陽が昇る直前の空が綺麗だった。
一瞬過ぎて写真には撮れなかったけれど。


そうして1週間ぶりにパリ、ポワソニエのアパートに戻ってきた。
帰りの日は旅の不運が一気にきたってくらい、北京でトランジットで乗るはずの飛行機に置いていかれたり、
預けたバックパックも行方不明になったり(これもペキンの悲劇)。
成田に着いたら終電すら危うい状況だったところ、せきちゃんが東京駅まで車で迎えに来てくれたのでたすかったけど。
車中、モシャモシャコンビ二の納豆巻きを頬張る二人を乗せて、国立のお家までブーン。
お風呂まで湧かしてくれて(夏子は2ヶ月ぶりの湯船)、
自分はエアーマットで、私達をジャパニーズお布団に寝さしてくれた。
久しぶりの川の字になって、タオルケットと扇風機で、一気に日本の夏、キンチョウの夏。
胸がきゅーんとする夜だった。

次の日護国寺に帰って、地下鉄の階段を上ったとこの夜空に
あら、ちょうどまんまるお月様が浮かんでて、満月を迎えていた。
旅中、いろんな場所で、日に日に満ちてく月を、見ては、
静かな気持ちになって、想いめぐらしてみたり、ちょっとしかない夜だったから。
かんぜんに満ちたまんまるお月様は、私に旅のおわりを告げているようだった。

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